光明真言は、檀家になっている寺院で以前、授かっていた。
慈救呪から光明真言に切り替えてみる。
❮❮おん あぼきゃー べいろしゃのう まかぼだらー まに はんどま じんばら はらばりたや うん❯❯
何十、何百と唱える。
うっすらと、眼を閉じた時と、開けた時の暗さが変わったような気がした。
何百が、何千に変わった頃、夜明けと言うより、夕暮れのような、薄茶色の世界が、うっすらと、見えてくる。
『あぁぁぁ』
うっすらとでも見える喜び。
心から有り難いと思える感謝の想い。
喜びに感激すると同時に、足元や首元で、何かが蠢く。
もぞもぞとした、ぞわぞわとした、何かが全身で蠢く。
登ってくるし、恐る恐る正体を確かめる。
蜘蛛だ。
おびただしい数の蜘蛛が、身体に張り付き一斉に大行進している。
辺りを見ると、物の蔭になっている処から、次ぎ次ぎへと蜘蛛が這い出してくる。
あまりの恐怖に、光明真言から、慈救呪に戻す。
これが罪科と言う事なのだろう。
黑闇地獄から抜け出す事が出来ないよう、何重にも張り巡らした刑罰が待ち構えていると言うことだと、咄嗟に思った。
また暗転し、何も見えない静寂の中で、一心に赦されることだけを念じた。
物事を短絡的にしか考えて来なかった己れを悔やみ、家族に向けてきた辛辣な言葉を後悔し、友人に向けた怒りを御詫びし、色々を騙した心に詫びる時間を過ごした。
私の言葉で苦しんだ友人のこと。
私の視線で傷ついた仲間のこと。
良かれと注意してくれた近所の人。
私に関わってくれたのに、何も聞き入れず、學ぶこともせず、ただただ、時間を浪費していた己れの未熟さを悔いた。
そのまま50時間程度の時間が過ぎて行った。
恐怖に半狂乱で唱える。
唱えたからと言って助かる見込みも無い。
どう助かる?
???
暗闇から抜ければ、そこには昆虫類の蠢く、まさに蟲毒壺のような世界が広がる。
もう、諦めて身を委ねてしまおうか?
いっそ、暗闇に溶け込んでしまえば楽かもしれない。
心の中で魔物が誘惑をする。
もう、疲れた。
眠りもせず、飲みもせず、食べもせず。
ただ、ただ、ひたすらに真言だけを唱える。
心を悲しみが支配する。
涙が止まらず流れ出す。
恐怖から、謝罪と感謝への気持ちへと一切合切が替わった。
その瞬間、大きな雷鳴が鳴り響く。
ゴロゴロズドンと鳴り響く。
何度も何度も鳴り響く。
不思議なことに、暗闇のまま。
雷鳴だけが鳴り響く。
光らないのだ。
雷鳴鳴る時は、光って、鳴るものだと思っていたが、ここでは光ることなく、雷鳴だけが、鳴り響くのだ。
すると、雷鳴と雷鳴の間に、男性とも女性とも聞き分けられない、微かな声が頭の中で響く。
『私を後ろに』
私を後ろに?
誰かいるの?
何を後ろにするの?
もう疑問しかない。
何?
、、、、、、