ある苦脳多き一人の成長物語
その人は、育ての親と巧く行っていた。
でも。産みの親を知りたいと、ずっと願っていた。
それは自分のルーツであり、知りたいと思うことは自然だと思う。
で、探し求めやっと逢う事が出来た。
本人は嬉しくて、舞い上がって浮かれて、ちょいちょい逢いに行く。
色々聴きたいことや、知りたい事がある。
また少しでも喜んで欲しいと一生懸命になる。
ましてや、逢う前から各々が独自に歩んでいたが、たまたま偶然同じ物を扱い、レアな細部まで同じ道を選択し、産みの親が先行く人であったことが、わかったら?
あまりに扱うものが一緒だとわかったら、どれだけ聞かれようと、後から伝える方は言い出しにくい。濁すのは当然であろう。
ましてや相手が同じものでも、全く別の方法手段の第一人者であるなら尚更だ。
しかも、その業種中でも一般的ではない、極レアな扱いのモノ、知らず知らずに自分も同じモノを扱い、すすんでいたと知った瞬間から、他人とは思えず、やはり愛情を傾けるだろう。
でもこの愛情はルーツへの愛情であり、セクシャルな愛情とは程遠い。
喜び過ぎ舞い上がっていたら見えないものも多い。
実は再会を果たした時、既に産みの親には新たな家庭があり、その生活は守られなければならない。
でも舞い上がってるから、周りを見渡す余裕もなければ、背景など考えることすらしなかった。
ちょいちょい来られてしまう現在進行形の家族は、たまったものではないのは確かだ。
『これね、この通帳と印鑑、あげるからあなたはあなた野道を歩みなさい、もうここにはきちゃダメよ』
と渡され途方にくれる。
あー迷惑かけたんだなー。
あー余裕なかったなー。
あー舞い上がって失礼な事してたんだったなー。
とか色々最初は悩む。
しかし、大人だからね。
そりゃ、今ある生活が大切も分かるし、自分に遠慮とか余裕あったら良かったなー。
とか、ある程度時間が経てば咀嚼できますよね。
固いパンも口に含んでいれば唾液で溶ける。
最初は自我が出るから、何故何故?と戸惑い悲しむものだ。
だけど、ルーツであればこそ、また知らずもレアなアイテムまで同じものを選択し扱うが、お互いの大小はあるものの、独自に別の道だが同じ道を、歩いて来たものとして、咀嚼さえ出来てしまえば、もう、そこに残るのは【感謝】しかない。
その通帳と印鑑を巧く使い、己の道を歩みなさいと言われた『信頼』と『期待』を今度は渡された方が、増やせるよう歩き始めるだけ。
そこまでで終わり。
と言われたならそのとおりなのだろう。
増やそうと思っても、大概の場合は減るのが普通。
だから減らしたとしても、想定内なんだと思う。
例え中身は空っぽになったとしても、再会の喜びを含んだ通帳と印鑑は、他の誰のモノでもない。