今回は高崎市から参加の修行者さんが三人もいたので、高崎出身の幕末の大行満願海阿闍梨様が何故、佛頂尊勝陀羅尼碑を真言宗の東寺に移設建立してくださったか、と言う逸話をお話させて頂いた。
修行者さんの心や身体に何か響くものを感じてくれたらありがたい。
かいつまんで割愛して単純にして記録するので、不快に思われる方もいるかもしれないが、バカなオバチャンが書く程度の記録と、心広くお読みください。
❮願海様の人柄と佛様への思いが奇跡を起こした贔屓様❯
事情が生じ、本来この佛頂尊勝陀羅尼碑が祀られていた北野天満宮から撤去が決まった。
そのままにしては破壊されてしまうので移動することとなった。
多くの人々は❮比叡山に運ぶ❯ことを勧めたが、願海様は一蹴。
『山の上に碑を建てれば健脚の者しか詣れなくなる。人通りの多い東寺へ運ぶことを佛様は喜ばないと言うのか?天台、真言とこだわるが佛様には関係あるのか?天台の佛様は真言の佛様と違うのか?そもそも、佛頂尊勝陀羅尼などの梵字密教を持ち帰ったのは弘法大師空海様では?東寺へ運ぶことに何の問題があると言うのか?』とおっしゃったそうです。
すごいですね。
宗派を越えての決断をやってのけた。
だからこそ、私たちはお大師様や願海様の想いとを、大切にお護りして行かなければならないと思います。
色々な方々の想いと努力と機転を利かせたおかげで、この碑は今も私たちに人としてのあり方と、信じるものを貫くためには何者をも恐れない正しい心であることを、静かに教えてくださっている。
人は立場やしがらみをこえ手を取り合い、お互いを赦し合い認め合い尊重し、歩み寄らなければならないと教えてくださっている。
素晴らしい法寳ですね。
ちなみに、奇跡が奇跡を呼び起こし、私の手元にこの贔屓さんの佛頂尊勝陀羅尼碑の設計図や、願海様がオーダーした時の原案などの一式の写しをお授け頂きました。
きっといつか、これを必要とする、しかるべき方々にお繋げするため、佛様は私みたいなデシャバリで図々しいバカをお選びになったのだと、信じてお預かりしています。
もちろん全員で佛頂尊勝陀羅尼お唱えさせて頂きました。
春はそこまで来てました。
香りが梅ですが、八重なので、なんの花かわからなかったです。桃?
お祝いみたいに紅白です。
今回も信貴山に加え、お大師様所縁の寺院参拝が出来て大満足です。
感謝、感謝、感謝。