この令和4年4月より、白蓮庵は新しく変わりました。
師僧である田中眞瑞貫主師僧より、大本山の出先である❮❮道場❯❯の看板を、頂くこととなりました。
このお引き上げの霊験記は後日をお楽しみに♪
振り返り今を起こせば、16歳で真言宗別派の寺院に住み込みの内弟子として入り様々な経験をいたしました。
佛道修行らしい修行は、あまり記憶にありませんが、本当に色々酸いも甘いも経験致しました。
その頃に京都宇治田原の釈迦涅槃図壁画作成に参加したことを基に、信貴山千手院に春から秋まで月1週間ほど、足掛け2年半、千手院で修行がてら、お泊め頂き寝食を共にさせて頂いた。
当時の千手院では朝の食作法があまりに高速で、私が納豆の蓋を開けタレを投入し終わる頃に、全ての僧侶が箸を置き、食べ終わっていることに驚いたり(笑)
本堂で毘沙門和讃を聴き、涙を流し感動したことも、空鉢護法さんで初めての神霊ご出現を頂いたり、様々なご褒美を頂いてきた。
当時お世話になっていた真言宗別派であった先生の気まぐれで、その友人の店であった❮占いの館タマリスク❯と言う所に『修行として行け』と言われた時はショックだった。
『私は尼僧にはなれないのか』と大きく落ち込み、悩んだものだ。
しかし、人間とは慣れるもので、ゴールデンドーンやカバラ、ケルトなどの秘術や占術、カードリーディングなどを学ぶ機会を得て、楽しくもあり、不思議もあり、数年前までどっぷりと肩まで浸かっていた(笑)
この形だったからこそ、子育てと言う貴重な経験をし、また、今となっては異なる角度から佛教を見つめ直す事が出来たのかもしれない。
子育て中盤から、自分の中の佛教的信仰心が絶えず燻っていることは、もちろん、自覚していた。
結論、西洋系の秘術も、鯔のつまり、オイルやハーブを使う。
ほとんど護摩の供物と変わらないことに、遠くに来てしまった寂しさだと思っていたが、遠くだからと寂しさを感じていたのではなく、❮何をやっていても佛様の手の平の上なのに、それに気付けない己の愚かさ❯であったことに気付きました。
笑っちゃうね。そりゃそうだ。
宇宙法界なのだから!東洋も西洋も味噌糞なのよ。
何を使おうと、その心が何処に向いて、何を欲しているのか。己の心の中と言うことに他ならない。
タマリスクでの経験を生かし、細々と当時からのお客様と、そのご紹介者様のご相談だけに限らせて頂いた、❮Quくう❯❮白蓮庵Qu❯を経て、今回、大本山寺院の出先冠を頂くこととなった。
適切な例えではないが、就職したと思ったら僻地に出向に行かされ、やっと本社の近くに戻ってこれたと言う気分だ。
始まりから考えれば30年なのだ。
信貴山千手院にご縁を頂いてから29年。
ババァになるわけだ(笑)
ちなみに体重は当時の倍の重さになっている。
( *´艸`)
この名前に恥じぬよう、精進します。